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熊田喜生  大豊工業 常務取締役技術部門統括
すべり軸受の世界標準を創製
最高峰の流体潤滑を目指して


この5月、日本トライボロジー学会が主催する「トライボロジー会議2007年春」において、大豊工業の熊田喜生氏らによる異色ともいえる発表があった。発表名「滑り軸受に関する国際規格と企業の関わりについて」は、世界規格としてその地位を主張するISOの矛盾点をやんわりと突き、是正を求める内容となっていた。日本のすべり軸受メーカーは、ISO規格の改善を提言し、グローバルな技術動向を先取りしたすべり軸受の標準化戦略のリーダー役を買って出ようとしている。「すべり軸受は、面白いものなんです」。この小さなコンポーネントに、研究者生活の全てをかけてきた熊田氏が、弊誌にその面白さを語ってくれた。(2007年 7-8月号掲載)

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熊田喜生氏プロフィール
1947年生まれ。名古屋大学大学院工学研究科修了。 大豊工業常務取締役技術部門統括。工学博士。主と して自動車エンジン用軸受の開発および軸受の実験 的・理論的解析、各種軸受材料の開発に従事。日本ト ライボロジー学会、日本機械学会、自動車技術会会員。



今は守りと攻めの時

編集部(以下ML) :1995年にISOが、TBT協定(Technical Barriers to Trade:貿易の技術的障害に関する協定)に組み込まれたことによって、日本メーカーさんの障壁になることを懸念されていますね。
熊田喜生氏(以下熊田) :すべり軸受のISO規格は「TC123」委員会で規格化されます。主に独、英、仏、露といった欧州の代表委員によって推進されています。特に独が中心的で、DIN(ドイツ連邦規格)を骨子とした活動が進められてきました。このままだと日本メーカーの販売に支障が出る恐れがあります。ここ数年、我々大豊工業と、大同メタル、オイレス工業の3社(国内3強)が積極的に参加して、日本のプレゼンスを発揮しつつあります。我々のみならず、中国、韓国、台湾、東南アジアなど、アジア各国に不利にならないような流れを作りたいと思っています。この活動は、東京大学名誉教授の染谷常雄先生や、東京農工大学教授の山本隆司先生に、非常に積極的に我々すべり軸受メーカーを引っ張っていただいています。
ML :アジア各国からの提言を受け、ISO規格はどのように改善されていきますか?
熊田 :WTOには、世界150か国が加盟しています。そこでは、国内標準と国際標準の整合を奨励しています。輸出入の障壁をできるだけ排除するため策定されたのがTBT協定です。TC123で規定しているすべり軸受の試験法は、独のDINベースの試験です。我々が通常使っている「リングオンディスク試験法(図1)」とは異なります。軸受の摩擦・摩耗の試験法には不可欠なので、この試験法の追加を提唱しています。これは、我々日本メーカーにとっては“守り”です。
図1 日本からISOに提案した試験法
図1 日本からISOに提案した試験法
 そして、“攻め”は材料です。欧州で制定されたELV規制(使用済み自動車に対する規制)は、2008年から鉛含有材料の使用を禁じています。ELV規制に関する国内メーカーの対応、いわゆる鉛フリー化対応は早く、現在ではアルミ-錫シリコン系の軸受合金が鉛フリー材料として事実上の標準となりつつあります。この材料を、北京で6月に開催されるコミッティミーティングにおいて提案することが決まっています。
 これまで、アルミ-錫-シリコン-鉛系という材料は存在していました。この合金中の鉛の含有率は、わずか1.8%程度で、これを取り除いた材料を作るのは、それほど難しくありません。一方、銅の中に鉛が10〜24%、最大で35%も鉛が含有される銅合金系の鉛フリー材料の製造は、非常に難しいとされています。しかしながら、我々を含めた国内メーカーは、この材料開発で先行しています。これは、我々にとって最大のイニシアチブになるかもしれません。
 これまでの国内標準は、国際標準を翻訳して作成したものでした。しかし今、国内で先行開発をしているエンジニアは皆、国内標準を固め、他国にも提案していき、国際標準までも変えていこうという意欲を持っています。
 現在、すべり軸受の開発に積極的なメーカーは、欧州の数社と日本のみです。我々大豊工業が先生役として追いかけていたトップメーカーの米フェデラルモーグル社(FM)、そして大同メタルが追いかけていた英グレーシャー社という老舗があります。欧米メーカーの売上規模は100〜150億円というところがほとんどですが、より小さな競合メーカーを盛んに買収した時期を経て、開発にかける投資が2社とも急速に減ってきています。日本は幸いM&Aがほとんど行われず、健全な開発投資を続けることができた。それが今、我々日本メーカーの強みとなっています。

ML :M&Aは、開発力を鈍化させてしまうのですか?
熊田 :欧米におけるすべり軸受の位置づけは、自動車部品の1つであって、それ自体が競争力を持つものとは捉えられていないようです。すべり軸受専業メーカーの規模は、企業買収の相手としてちょうどいいのかも知れません。しかし、結果として開発力が無くなってしまったら、本末転倒です。
ML :研究開発を世界展開する考えは?
熊田 :大豊工業は、アジア(韓国、中国、タイ、インドネシア)、欧州(独、ハンガリー)と北米に製造拠点を持っています。しかし、基本的な製造コンセプトや設計は、日本で集中的にしっかり作り上げる。海外に設計拠点を作っても分散するだけです。


鉛フリー化着手のきっかけ

図2 エンジン軸受材料の概要
図2 エンジン軸受材料の概要
ML :すべり軸受の競争力として、ポイントになるものは何でしょうか?
熊田 :軸受の中でもエンジン軸受といわれるものは、高荷重に耐え得る材料が必要です。1cm2あたり1,000kgfもの負荷がかかります。しかし、私が大豊工業に入社した当時は、ディーゼルエンジン軸受の荷重は250kgf/cm2程度でした。今のレベルの1/4です。ガソリンエンジン軸受は150kgf/cm2程度だったと思います。軸受とクランクシャフトの間には、0.5〜1μmレベルの非常に薄い油膜があって、回転をスムーズにしています。一方、軸受には、表面に0.4〜1μmくらいの粗さがあります。つまり、完全に油の中に浮くという状態ではなく、固体どうしの接触が生じます。そこで重要になるのが「なじみ(Running-in)」です。接触面の表面損傷が発生しないように、完全な油膜を早期に形成するため、適正な運転のもと、表面の粗さを押しつぶして滑らかにする状態をいいます。なじみをとるためには、表面は柔らかくなければなりません。高荷重に耐える強度に加え、表面の柔らかさが必要なわけです。軸受のライニングの厚さは0.3mmくらい。場合によっては、表面に柔らかい材料を載せるオーバレイによって、早期になじみを取る場合があります。鉛はこのオーバレイに非常に適していたのですが、規制によって使えなくなりました。
ML :鉛フリー化の研究では、2002年度の機械学会賞を受賞されました(受賞名「高負荷エンジン用Pbフリー軸受の開発」)。研究を始められた時期は?
熊田 :着手は1992年頃で、非常に早かったです。ですが、それより遅れたら、規制対応に間に合いませんでした。軸受の新規開発には、短くて3年、長い場合は10年かかります。材料の基本的なトライボロジー特性から、エンジン用軸受として本当に使えるかどうかを検証していくと、それくらいかかりますね。
 きっかけは「何か面白いことをやろうか」という気持ちからです。たまたま、今まで軸受に使用したことのない材料を使って新しいチャレンジを、と考えた時に浮上したのが、鉛フリーに該当する新材料だったわけです。
 鉛フリー化が規制の対象となってビジネスに影響すると意識し始めたのは、着手してから数年後ですから、我々はラッキーでした。

ML :なぜ対象が鉛だったのですか?
熊田 :オーバレイを樹脂製に変えたら面白いのではないかと考えました。地道に開発を続けていたら、ELV規制が2008年に発効することがわかった。偶然の一致ですが、これが開発を加速させる原動力となりました。その頃は、アルミベースの材料で進めていました。


研究者としての喜び

ML :すべり軸受の研究の醍醐味とは?
熊田 :ある時、油の中に軸が浮いている、という流体潤滑の原理を確認したくなったのです。そもそもすべり軸受全体には、2.5〜3tもの荷重がかかります。本当に浮いているのかどうか、見るわけにはいかない。そこで、試験機を改造し、実際のエンジンでの運転状態とほぼ同様の環境で軸と軸受の電気抵抗をオシロスコープで測定しました1)。接触していると電気抵抗はゼロですが、1分ほど経過して、軸受から軸が浮いてくると電気抵抗は無限大になります。その後も時々、瞬間的に電気抵抗がゼロになるので、接触がその瞬間に起きていることがわかります。異物が入った時も、ゼロになります。この実験から、流体潤滑の面白さを感じることができました。
< ML :確認できた瞬間のお気持ちは?
熊田 :胸が高鳴りましたね(笑)。浮いている状態を、いかになじみと強度で実現するか。我々の研究は、その一言に尽きます。特にトライボロジカルな研究は、地道な積み重ねがないと、次がない。基礎がなければ、画期的なものはできない。その基礎的なところには、常に立ち返る必要がある。木村好次先生には、常にこの基礎的な部分を教えて頂いています。トライボロジーの世界で起こる現象は、複雑な要因が絡んでいます。それがどうして起こって、どうやって解き明かすか、ということについて、木村先生は常に的確な助言をしてくださいます。
ML :事例を教えていただけますか?
熊田 :例えば、「マイクログルーブ」があります。円周方向に規則的な溝(ピッチ=0.1〜0.4mm、深さ=3〜4μm)を軸受表面に施し、軸受性能を向上させたものですが、溝の深さに対し、原理的に油膜はもっと薄いはずですから、なぜこの構造で流体潤滑が成立するのか、という原理の解明が必要でした。マイクログルーブの形状だと、柔らかい金属の場合、ピークの部分は潰れていきます。摩耗も起こります。軸受表面の塑性変形を均一にすばやく起こすためのあらゆる材料、形状のサンプルで実験しましたが、例えば解析方法について木村先生から指導をいただいています。
ML :設計についてはいかがですか?
熊田 :最近のエンジンは非常にコンパクトで、低摩擦が要求されます。コンパクトにすれば、それだけ、軸受、ピストンリングやシリンダーヘッドガスケットなどの部品に負荷が高くかかることになります。クランクシャフトの間隔やシリンダーのボアピッチと、クランクシャフトをどれだけ短くできるかがポイントです。エンジン設計者は、これらの部品がどこまでの性能を持っているかを念頭に置きながら、設計を進めていきます。
 エンジン軸受に関しては、ピストン、コンロッド、クランクシャフトの重量、寸法、回転数などを記入する所定の表があります。まずこれを記入してもらい、軸受にかかる荷重、最小油膜厚さなどを計算します。その結果、最適な材質を決定します。それが設計にあたって、まず着手することです。高性能化のニーズにはマイクログルーブを付けたり、低フリクションのニーズに偏心溝軸受を用いることにより、無駄な油の量を減らしポンプもコンパクト化できる、といった提案をしています。あとは、コスト低減です。我々が作りやすい設計であるかどうかも、コスト低減のための大切な要素です。

ML :想像以上にシステマティックなのですね。今後研究者として、達成されたいこととは?
熊田 :我々が作っているすべり軸受は、まだ世界最高性能と言えないと思っています。性能とコスト、双方を満足させる世界最高のすべり軸受を作りたい。それが出来上がった時が、私の研究者人生のゴールだと思っています。



参考文献
1) 熊田喜生:月刊トライボロジー、フロント・コラム、2005年5月号

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