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SN比について
SN比、“エスエヌヒ”はご存じの方が多
いでしょうね。もともとは通信の分野
の言葉で、シグナル、つまり伝えたい信号と、
ノイズ、そこに混じり込んでくる雑音の比をい
います。その比が高いほど、クリアーに情報が
伝わるわけです。今回はそのお話。
ノイズという言葉の本来の意味からいうと、
クラシックのコンサートなんかが良い例でしょ
う。聴衆がいっしょに大騒ぎをするロックコン
サートなどは別ですが、クラシック音楽を聴き
に行く人はだれでも、ノイズにわずらわされず
に音楽というシグナルを楽しみたいと思うで
しょう。だけどシグナル、すなわち演奏される
音量を馬鹿でかくするわけにもいきませんから、
ノイズを下げるように、コンサートホールは外
からの騒音をシャットアウトする建物になって
いて、入り口のドアがどっしりと厚いのもその
ためです。ときたまSN比に無頓着な輩がいて、
突如客席で携帯の着信音が鳴り響き、指揮者が
実に不機嫌な顔で振り返ったのを見たことがあ
りますが。
電車の中のアナウンスなんかも、SN比に無頓
着な例が多いと思うんですよ。といっても電車
の走行音のことではなくて、アナウンスの中の
ノイズの話です。
乗客にとっては、次の駅はどこか、出口は左
か右か、何線は乗換え、その程度のシグナルで
十分なのに、やれ忘れ物に気をつけろとか、雨
でホームがすべりやすくなっているとか、ある
いは交通安全運動の実施中だとか、ひどいとき
には沿線の関連施設のコマーシャルまで入る。
ご親切は分かるんですが、そういう余計な情報
はノイズであって、肝腎な情報のSN比を下げて
しまい、うっかり聞き逃して乗り越してしまう、
なんてことも起きかねない。
似たような話は、聴覚ばかりでなく視覚の世
界にもあるように思います。
工場なんかへお邪魔すると、いろんな掲示と
か標語、ポスターのたぐいが、べたべた貼って
あることがあるでしょう。いわく“整理整頓”、
いわく“火の用心”、ぼくはあれがどうも気に入
らない。
そういう標語を貼った成果がどうなのか実際
に確かめたわけじゃないので、ここは想像でも
のをいいますが、ああ、片付けなくちゃとか、
そういえば電源を切ったかなとか、“それを見て”
思う人がどれだけいるんでしょうか。ま、街角
の“世界平和宣言都市”なんて看板よりは効果
があるのかも知れませんが。
いいたいのはこういうことです。たしかに効
果がゼロではないにしても、なくてもいい情報
の存在によって注意力が分散し、業務上の伝達
事項とか、その場でどうしても伝えたい情報が
伝わりにくくなる。すなわち肝腎のシグナルに
対して、それらはノイズになっている例が多い
のではないか。
余計な情報は削る
もう一つ、プレゼンテーションの例を挙げましょう。皆さんもプレ
ゼンテーションをされることがあるでしょうが、その時に使う映像、
ビジュアルエイドについても、同じようなことがあると思うんです。
いまではご存じない方がほとんどでしょうが、ぼくが学生のころに
は掛図しかありませんでした。大きな紙にマジックインキで図だとか
文章だとかを書いて、物干しの支柱みたいなものにぶら下げ、1枚ずつ
めくりながら発表をしたものです。それから35ミリスライドになり
OHPになり、そしてパワーポイントになったというのが時の流れです。
スライドの時代に「クロスの法則」というのがありました。その第1
法則は、“1枚のスライドには8行以上文字を書いてはいけない”という
ものだったと記憶しています。もともとこの法則を守る人の割合はそ
う高くはありませんでしたし、ちょっと制限がきついかなとぼくも
思っていましたが、OHPになって事態は悪化し、パワーポイントにな
ると、文字があふれてとても読む気になれない例が、しばしば見られ
るようになりました。
たしかにOHPのシートはA4版ですから、35ミリスライドに比べれば
ずっとでかい。パワーポイントとなれば、簡単にいくらでも文字が打
ち込める。だけどプレゼンテーションを聞く側からすれば、映写され
るスクリーンの大きさは変わらないし、ある時間で読みとれる字数が
増えたわけでもありません。結局あれもこれもと書き込んだだけ、伝
えたかった情報が文字の洪水に埋まり、SN比を下げてしまっているん
です。
情報を伝達しようというときにはSN比を考える必要がある、という
のが今回のポイントです。なんでも話しておけばいい、書いておけば
いいというのは間違いで、余計な情報はSN比を下げ、マイナスに働く
ことがある。伝えたい情報をクリヤーに伝えるには、“余計な情報は削
る”、これがとてもだいじなことだと思うんです。
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| 木村 好次 Yoshitsugu Kimura:
1959年 東京大学工学部卒業後、東京大学生産技術研究所教授、香川大学学長などを務め、
現東京大学・香川大学名誉教授。
材料の摩擦・摩耗、潤滑油のトラクション特性、エマルションのEHL、メンテナンストライボロジーなど研究テーマ多数。
社団法人日本トライボロジー学会 元会長。
2003年 トライボロジー・ゴールドメダル受賞。
工学博士。
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