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写真提供:新日本製鐵様 |
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熱気と轟音から逃れた工場の一角に、満身創痍の設備部品が静かに横たわる。銑鋼一貫の生産ラインで、何年もの間休むことなく稼働し続ける設備を支えた裏方の部品たちだ。彼らは間もなく徹底検証され、改善のためのデータベースとなり、補修をほどこされてラインに戻る。さらに、新規開発の大切な種になる宝の山なのだ。日本最大の産業都市・名古屋に育まれてきた世界有数の製鉄所の総合力は、日本の多くの巨大工場と同様、少数精鋭部隊に支えられている。(2008年 冬号掲載) |
取材:照山みどり(マシナリー・ルブリケーション)
撮影:篠原史紀
*文中敬称略
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轟音と共にラインを突っ走る真っ赤な鋼板。冷却用の水の噴射を浴びながら高速で去っていく。後に残る熱気と蒸気を引き裂くように、次の鋼板が走ってくる。新日本製鐵名古屋製鐵所(NSC名古屋)の熱間圧延(熱延)ラインである。厚さ245mmのスラブは、計7基の仕上圧延機のロールによって、わずか3mmにまで薄化加工される。粗圧延機から巻取りまで、スループットはわずか数十秒。一方、熱延ラインのバックヤードを見ると、巨大な圧延機用のモーターがいくつもうなり声を上げていた。出力は1基につき1万kWを超える。暗く沈んだバックヤードの空気が、振動と音響でかき回され続ける。
NSC名古屋熱延ライン単独の生産能力は月産40万トン。1年365日、休むことなく稼働している。原材料が溶解され、成分を調整されてから、最終製品の仕上げに至るまで、鋼板は長い工程を猛スピードで駆け抜けていく。ちなみに、昨年の6月には、2号冷延ラインにおいて、月産19万1,500トンの日本新記録を打ち立てた。これが、NSC名古屋が世界に誇るモノ作りの実力だ。同所の供給製品は実に多彩で、900mm厚から0.12mm厚に至る各種鋼板材や電縫鋼管など、幅広くカバーしている。
2008年、NSC名古屋は、開所50周年を迎えた。中部圏唯一の銑鋼一貫製鉄所として、多くの国内/海外ユーザーの需要を支え続けてきた同所は、北は北海道から南は大分まで、全国10か所に位置する製鉄所を牽引する重要な役割を担っている。それは、潤滑管理の改善と活動推進である。623万m2という広大な敷地を埋め尽くした鋼板製造のための、数々の設備には、“借り物”ではない独自技術がぎっしりと集積している。
すでに“ニッテツの潤滑管理”は、世界のお手本となっている。それは、数々の先人たちが汗を流して築き上げてきたサイエンスであり、未知のテーマにあふれ、エンジニアの向上心を刺激するエキサイティングなテーマなのだ。
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| 歴史は名古屋から始まった |
 NSC名古屋全景。中部圏唯一の銑鋼一貫製鉄所として大きな需要を担う (写真提供:新日本製鐵様)
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 7基の仕上圧延機。スループット、ロールのク リアランスなど、稼働条件が緻密に制御される
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NSC名古屋の潤滑管理の歴史は驚くほど早くから始まっている。
同所が油圧潤滑専門班を設置し、潤滑管理の強化を開始したのは1969年。英Jostレポートが日本に広く紹介される以前にスタートしている、という有名な逸話を残す。この時代に、潤滑の経済効果の大きさと実地応用の重要性を強く意識して活動してきたのが、当時の潤滑専門班をリードしてきた倉橋基文(現大同特殊鋼)だ。Jostレポートとトライボロジー活動は、当時の機械要素技術者たちにとって、胸が躍り上がるような先進のテーマだった。なかでも倉橋の感性は突出していた。短期間で潤滑管理の基盤を築き、オイルの性状劣化管理と汚染防止・清浄度管理法を確立し、異常劣化と故障を防止するための状態監視技術を打ち出し、原因を事前に除去するプロアクティブ保全を「攻めのメンテナンス」と分かりやすく称して牽引してきた。
1980年に入り、米海軍とMITが開発した油中摩耗粒子を診断する「フェログラフィ分析法」をいち早く導入したのも倉橋である。フェログラフィ分析は、今でもNSC名古屋がもっとも重要な状態監視のツールとして活用している手法の一つ。対策としての潤滑改善要求に対する科学的根拠だけでなく、攻めの潤滑管理、真のトライボロジー活動展開のドライビングフォースとしての役割を果たした1)不可欠な技術なのだ。NSC名古屋では、今でも年間数千件のサンプル分析結果をフェログラフィ分析によって得ている。そしてそのデータベースが、改善と新技術開発への強力な武器となっている。倉橋の遺伝子は、現在設備部の精鋭たちによってしっかりと受け継がれている。同所のいう「全員参加の潤滑管理」は、潤滑のチームと工程設備の保全担当者が協業で改善を進めていく手法。関係部門が一体となることで、大きな成果が得られる2)。そして、一体感を演出しているのが、設備部で手腕を発揮する潤滑チームの精鋭たちなのだ。
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| 技術力でリスクを下げる |
 補修前のコア部品を見つめる藤井。常に“改善”を意識する
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NSC名古屋の設備部は、保全系(メンテナンス部門)、設備技術系(技術スタッフ部門)、エネルギー操業系(所内エネルギーの供給と再利用)の三つに大別される。このうち、メンテナンスを司る保全系は、製銑、製鋼、熱延厚板鋼管、冷延メッキなど、各工程に担当役割を振り分け、日々の設備点検、保全の計画、保全のための外部スタッフの指示・指導などにあたる実行部隊である。
現在の潤滑管理を推進しているのは、設備技術系機械技術グループ。設備の改善と、CDT(状態診断技術)も担う。潤滑管理に必要な部材選定も、このグループの役割だ。潤滑油・作動油・グリースも該当する。ベストミックスの開発と改善、集中保全としてのセンター機能、集積した技術の活用管理など、設備部の頭脳部隊がここに結集している。そのリーダーを務めるのが、89年に入社以来、NSC名古屋で機械技術の改善と生産効率の向上を見つめ続けてきた藤井彰だ。名古屋製鐵所の機械・設備診断、潤滑管理、材料の選定と改善を一手に引き受ける“要素技術”のプロである。年間生産高530万トンを超える製品が次々と生み出される銑鉄、製鋼、厚板、薄板、そして錫メッキから鋼管工場に至るまで、全ての機械技術が藤井たちのグループによってブラッシュアップされ、次の改善事例へと昇華されてきたのだ。
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| 人材の登竜門 |
 オイルタンクから作動油のサンプルを採取する。NSCでは、サンプリング の手順を細部にわたって決め、周知徹底している。厳しい清浄度管理の ポリシーは、サンプリングにも反映されている
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 社内教育用ビデオ。潤滑管理の重要性が直感的に理解できる内容だ
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 フェログラフィ分析機。年間数千件のサンプルを休みなく処理する
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 摩耗粉や粒子を顕微鏡で解析する。膨大なデータが蓄積されている
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NSC名古屋では、人材育成に独自のプログラムを適用している。「機械系大卒の新入社員は、例外なくこの機械技術グループからスタートする」(藤井)。課題は二つあり、一つは日々のメンテナンス活動から不具合に対処すること。もう一つは、現場のトラブルに対処しながら、改善のテーマを発掘して、より保全性の高い設備を開発することだ。2〜3年、研鑽を積んだ後に、各人のキャリアパスに鑑みた道へ進んでいくことになる。その後、6〜12年をプラントエンジニア(PE)、その後専門職の管理者として活躍することになるのだが、PE時代にあらゆる工程のエンジニアリングを経験し、鉄鋼に関する知識と経験を体に叩き込むという。管理職になっても、要素技術、工程管理、整備管理といったミッションのローテーションがある。NSC名古屋が開所して50年、時代と経済事情の変動に揉まれながら洗練されてきたのが現在のキャリアパスだ。いくつものスキルを身につけたエンジニアたちに支えられているラインは、目に見えない堅牢な砦のようにそびえている。
昨年、NSC名古屋は二つの大型投資を断行した。一つは高炉(製鉄工程)、もう一つは転炉(製鋼工程)だ。新しい設備が増えれば、キャパシティすれすれの状態で生産をケアする技術陣への負荷も増えるはずだが、「技術力でリスクを下げる」(藤井)、すなわち、競争力の源を、このキャリアパスが作り上げているのだろう。
一方、設備部の果たす重要な役割として、特殊な設備部品の補修という仕事がある。これは、巨大なギヤやロールの保守・補修を社内の知的財産で賄うもの。外注しないのは、24時間対応できないこと、そしてコスト効率を上げるためだ。自製化できるアイテムは、可能な限りこの部門が対応する。
この自製化にはもう一つの重要な意味がある。高寿命・高信頼性を確保するための新技術の開発だ。NSC名古屋の所内には、「保全センター」と称するコア部品を修復させるための現場がある。主要な減速機や各種のシリンダー、大型ギヤなどは、廃棄部品を除いてまずこのセンターに集められ、摩耗や疲労の状態を検証した後、適切な補修が施されていく。集められた検証データの中には、部材の材料特性やオイルとの適合性、トライボロジカルな動作特性に関わる新たな発見のヒントが潜んでいる。全く新しい部材、新しいオイル・グリース、新しいシステムが生まれるのは、これらの補修部品と対峙するときだ。所内には、プロジェクトに関係している者以外立ち入ることが許されない「開発室」がある。そこには、藤井がリーダーシップをとる機械技術グループが生み出す新規開発部材の試作品が詰まっているという。
この“開発”こそ、潤滑管理を技術力でリードする者たちの醍醐味だろう。技術者にとって新しいものを生み出す喜びは、何物にも代え難い。倉橋が実践してきた時代から現在に至るまで、市場トップを維持するために何が必要だったか。その答は、藤井をはじめ、NSCの誰もが知っているはずだ。
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| 英知は無限 |
 全世界の潤滑担当者が瞠目した潤滑管理の改善事例
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右の図は、米ノリア社が使用しているセミナーテキスト用のスライドである3)。すっかり有名になったNSC名古屋のケーススタディだ。同所が潤滑管理戦略「トライボロジー活動」を打ち出した80年当初に比べ、5年後の85年には摩耗による故障が90%削減されているというもの。これは、倉橋が、「トライボロジー活動によって得られた故障防止効果」としてまとめた論文をそのまま引用している。NSC名古屋だけで直接経済効果は年間20億円にも達し、故障は1/10に激減した。「こうして、トライボロジー実践の軌跡は、正にJostリポートの正しいことを実証した」1)。NSCが潤滑管理を本格始動させて30年、この事例も伝説になりつつある。しかし、この事例は決して真似のできない英知の積み重ねによってなされたものだ。藤井の率いる前線部隊が見据えるのは、今目の前にある課題の解決と、10年先、20年先の生き残りをかけた究極のモノ作りのサポートである。
NSC名古屋のような銑鋼一貫製鉄所は、設備の巨大化によるスケールメリットの活用が常に追求されてきた。典型的な大量生産方式を他に置き換えることはできない。しかし、時代は急激に多品種・小ロット化へと向かっている。鋼板に関しても例外ではない。最終製品のニーズによって、鋼板の形成成分は全て異なる。最小ロットもどんどん小さくなっている。製品仕様は、ユーザーによって、5年先、10年先まで決まっている場合もある。ユーザーが望む高品質な製品をすばやく提供することが、高炉メーカーにとっても死命を制することになる。それは、生産、生産設備立ち上げ、保全、新規設備開発全てのスピードアップを意味する。
「資源は有限、英知は無限」。NSC名古屋の熱延ラインには、いつしかこのような標語が大きく掲げられるようになった。今、NSC名古屋が求めるのは、新時代を勝ち抜くための新しい英知とエネルギー。まだまだ技術は足りない。膨大なチャレンジと新しい頭脳が、この瞬間も必要とされている

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