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広さわずか330m2の試験室。試薬の小瓶や原材料のパッケージが作る壁が、見る者を圧倒する。ダイゾーニチモリ事業部の特殊潤滑剤の数々は、この試験室で実験器具を操るエンジニアの手の上の数滴から生まれる。この数滴が試作品となり、製造ライン上で製品へと姿を変え、世界の工場へと向かう。特殊潤滑剤メーカーとしてその名を成すダイゾーニチモリ事業部の生産ラインは「東の湿式、西の乾式」が担う。東西それぞれの拠点を追った。(2007年 11-12月号掲載) |
取材:照山みどり(マシナリー・ルブリケーション)
撮影:本間晃
*文中敬称略
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純度99.8%の二硫化モリブデン。これを潤滑剤用途のパウダー原料として調達し、独自の技術で粉砕加工している国内唯一のメーカーがある。旧日本モリブデンの技術と事業を継承、発展させているダイゾーニチモリ事業部(以下ニチモリ)だ。鉄鋼、電力、自動車メーカーなどをはじめとする現場の潤滑管理に寄与し、工業用化成品、機能性接着剤といったニッチ市場もカバーする。ニチモリは、この二硫化モリブデンパウダーのような“オンリーワン製品”を提供することによって、圧倒的な地位を築いている。原材料の特性を知り尽くし、調達、製造、販売、サポートまで、一貫体制で対応する力量が強みだ。特殊 潤滑剤部門では、オイル、グリースに加え、塗布系ドライ潤滑剤の開発と加工をもう一つの事業の柱とし、国内外とも地位は盤石だ。
同社のモノ作りを担うのは、特殊潤滑油/グリースの製造ラインと開発部隊を有する東京工場、そして、ドライ潤滑剤の塗布加工を担当する大阪工場。いわば「東の湿式、西の乾式」だ。東西それぞれに、競い合うようなエンジニアの精神と文化があった。
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| 東が担う次の技術 |
 新規グリースの仕込みが始まる。温度や攪拌の状況を確認する
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 白色固体潤滑剤配合グリース製造の最終工程。追い込みだ
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 グリースの攪拌タンクを下層から見上げる。 定期的な配管チェックが欠かせない
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 電着コーティングのパイロットライン。24時間休みなく稼働している
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利根川の上流・中川を臨む静かな工業用地に、東京工場(第一/第二)は位置する。スタッフ数は総勢28名。技術開発6名、生産・管理は15名という。まだ真新しい施設の匂いがする第二工場の製造ラインに足を踏み入れると、その静寂さに驚く。
ここ数年のニチモリは、東西それぞれの工場に、続けて大型投資を断行してきた。需要増に対応するだけではない。未知の“将来の顧客”を獲得するためだ。常に新しい製品を提案し続けることにより、顧客のニーズを喚起して拡大してきた同社のモットーを実現するため、新しい拠点が必要だったのだ。東京第二工場が竣工したのは2006年3月。立ち上げと同時に技術開発部を設置して、取り扱う全ての潤滑剤の開発を担うようになった。
施設は、潤滑油やその他加工製品をブレンドする充填作業所と、主にグリースを製造する製造所、倉庫や貯蔵所などに分かれている。技術開発部隊が集うのは試験室(左写真)。しかし、一か所にとどまっているエンジニアは誰もいない。全員が複数の課題を抱え、工場内を足早に移動している。生産設備の規模は、いずれも小〜中ロット用で、大バッチに対応するような大型設備はない。グリース製造用の製造タンクは、100kgから対応できるコンパクトなものが中心だ。同社が小〜中ロットにこだわる理由は、徹底した短納期対応で勝負しているからだ。
ニチモリが請け負う案件は、量産製品のみではない。実験に近いものや、試作品用も多い。いずれもタイムリーに提供しなければ、顧客は決して満足しない。取り回しの利く小型の製造設備で、とにかく高品質かつスピーディに作り上げる、というポリシーを貫いてきた。これも、将来の顧客のニーズをつかみ、先取りして次の一手を提案するところまでを狙うからだ。
小ロットとはいえ、同時にいくつもの製品を進行させているはずなのに、エンジニアたちの気配は建家の中で希釈され、設備の中に静かに納まっている。しかし、あるタイミングになると、彼らは装置前に集い、必要な操作を施して、また去っていく。設備の大半は自動化され、タイムベースで管理されているため、ライン稼働中は人手が最小限に抑えられている。しかし、新規潤滑剤の製造となると、ことは簡単ではない。「一つの製品の製造工程が円滑に回るまでには、数週間かかることも少なくない」と言うのは、ニチモリの開発・製造のトップに立つ亀田昭。最適な状態にするには、装置と忍耐強く付き合うしかないのだ、ということを痛感する彼も、ニチモリの実直なエンジニアだ。しかし、苦難とともに喜びもあるのが現場。思い通りの製品ができ上がった時のイメージに支えられ、ひたすら装置の動かし方を改善していく。一日でも早く、確実に工程を進めること。その積み重ねが、そのままノウハウになる。
技術開発部が拠点とする試験室には、その名のとおり数々の分析評価装置や実験装置が並ぶ。ガスクロマトグラフィ、液体クロマトグラフィ、赤外線分析装置、粉体粒度測定装置、低荷重/高荷重試験機ほか、グリース性状を分析する各種試験装置など、ほとんどの試験は社内で賄う。大阪工場で使用するドライ潤滑剤用塗料の製造も行っているため、その材料試験も欠かせない。
試験室の一角には、ニチモリが今、次世代のドライ潤滑膜技術として検証を重ねている潤滑電着コーティング装置が設置され、稼動している。液体塗料で満たされた槽内には、治具に装備された部品が浸されているはずだが、モリブデンが高密度に分散しているためか、真っ黒で中は見えない。
ニチモリの潤滑電着コーティングは、水溶性塗料中に浸漬した部品をプラス側として電流を流し、電気泳動によって電気化学的に塗膜するアニオンタイプの電着塗装技術をベースとしている。水溶性膜は無害で取り扱いが容易だが、乾燥しにくく、膜厚の制御が難しかった。ニチモリの電着コーティングは、塗料槽に浸した部品に電極の機能を持たせ、電流を流して膜を留めるもの。技術として多くの蓄積のある二硫化モリブデンやフッ素樹脂を機能性塗料として用い、耐摩耗性、潤滑性、高耐久性を備えたうえ、均一な膜厚で、いかに複雑な形状の部品にも難なくコーティングできるのが特徴だ。
近年、VOC(揮発性有機化合物)規制が厳しくなりつつあるが、この電着コーティングは一切溶剤を使わないため、次世代のドライ潤滑剤技術として急速に注目されるようになった。自動車のシートベルト金具、ベアリング、各種精密機器部品など、すでに実績を重ねてきている。第二工場が竣工するのとほぼ同時に導入してきたこの電着コーティングも、パイロットラインとして1年を経た。現在は、どこまで薄く膜付けできるかが課題。当面の目標は10μm厚だが、「7μmまでは薄厚化達成可能」(亀田)という。もちろん耐摩耗性、潤滑性、高耐久性を維持した上での薄膜化だ。
ニチモリの電着コーティングのもう一つの強みは、部品を塗料槽に浸す際の受け皿となる治具の設計技術にある。生産効率を上げ、コストダウンを図るため、容積の決まっている溶液槽に、いかに多くの被膜対象を均一に浸し、個々に電極の機能を持たせるかが鍵だ。その治具に関する知恵は、乾式のプロが結集している「西」にあった。
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| 西のこだわり |
 塗装前洗浄。製品の歩留りを決める重要な工程だ
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 スプレー塗装工程のブースが並ぶクリーンルーム
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 トンネル炉。ロール状のベースメタルに塗布した膜を乾燥させる
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 ユニークな形状の小型部品塗装装置。 専用治具を装備して回転させる
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大阪新工場は、2007年8月に竣工したばかり。ニチモリのドライ潤滑剤加工工場だ。溶剤系スプレー塗装の加工工場としては、局所排気やクリーンエア環境で清浄な製造環境を実現し、国内でも最大級の規模を誇る最新鋭のラインとなっている。9月から本格稼動に入っているが、このクリーンルームの寄与は大きく、良品率の向上につながっているという。これも、当初の狙い通りだ。
西の新工場の規模は、総延床面積2,800m2。大部屋式の旧大阪工場と異なり、新工場は、安全環境上の最新のコンプライアンスに準拠しており、工程ごとに使うスペースを分け、非常に合理的な構造となっている。「工場の形として、理想に近いものになった」と、関係者は口を揃える。
西の塗装加工部隊は、中小型のあらゆる形状の部品の潤滑性を、最適な塗布技術で実現していくのがその役割だ。ここでも、小ロット多品種短納期をモットーとしたモノ作りが行われていた。現体制で、100製品前後のライン投入が可能。竣工したばかりのはずなのに、検品を待つ製品を搭載したキャリアが品証担当者の前に何台も並んでいる。同敷地内にある旧工場から新工場への移設は、ほとんどロスタイムなしでやり遂げた。スピードにこだわるニチモリのエンジニアの意地が、ここでも発揮されたわけだ。
ニチモリが二硫化モリブデンを応用した塗布系のドライ潤滑剤で市場に参入したのは、約30年ほど前のことという。小さな試作部品の加工から始め、市場の広がりとともに大阪工場は発展してきた。スプレー塗装は、極めてシンプルな技術なだけに、エンジニアの技量が問われる。小型部品といっても、長さ数mmのものから、数十cmの形状のもの、数十mのロール状のものもある。膜厚の制御も簡単ではない。そこをサポートするのが塗装用のブースや治具だ。ブースはスプレー塗装のエンジニア自身が所望の塗装面を操作しやすい角度に動かすことができるよう工夫されたオリジナル品。治具の種類は、現在使用しているものだけでも数百種類に及ぶ。これが30年の蓄積であり、西がこだわって築いてきた財産だ。小型部品の潤滑塗装なら、ニチモリがダントツのアドバンテージを有する。
西で製造の責任者を長く務めてきた中原広幸(大阪工場工場長)は、ニチモリがドライ潤滑剤市場に入った当初から現在に至るまで、技術の全てを見つめてきた。ニチモリの中でも最古参だが、彼のエンジニアとしてのゴールは、この新工場の立ち上げのお陰でさらに先に延びた。「この工場は、非常に拡張性の高いライン。現状のドライ潤滑加工の仕事において導入したい設備はまだまだある」(中原)。西には、今後5年内に、今の受注額の少なくとも3倍の規模にしていくという目標がある。受注製品の中には、単価が数円というものもあるが、小型製品の魅力はバッチで処理して効率的に製造できること。このような製品の実績と、開発中の新技術が将来の売上に付加されることを前提とすると、年間10億円を突破するだけの生産能力を培っていくこともできる、と中原は明言する。未開拓の市場は確実に存在している。そのための人材の活用、設備の投入、そして、東との連携がいっそう重要になってくる。
大阪工場の人員は現在約40名。今後、導入を検討している新設備もあるため、状況に応じて増員することになろう。それは、東で試作を始めて1年の潤滑電着コーティングのラインを意味している。ニチモリが期待する次世代の電着コーティングの量産ラインは、大阪工場にもまもなく展開することになるだろう。市場のニーズがどれくらいなのかを見極めれば、量産機械の能力や規模が決まる。西が次の大型設備導入に沸き立つのも、そう遠いことではない。
中原に、「将来、この新工場をどのように発展させたいか」と聞いてみた。「今の設備、知恵、能力で、2〜3倍の生産増は十分達成可能だ。それ以外にもやってみたいことはたくさんある。しかし、むしろ若い世代に夢を継承し、次の夢を彼らに描いてほしい。VOC規制のような環境負荷の低減や、応用展開の点からも、市場を先取りした技術を積極的に提供する会社であり続けたい」。
西も東も、準備はできた。次のオンリーワン創出に向けて、格闘する日々がまた始まる。
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